黄昏と嘘

アキラと、その後ろに女性。
そして香る、覚えのある香水。



私と同じフェラガモ・・・。
そっか、そうだったんだ。


チサトはぼんやりと以前、アキラと一緒に行ったレストランを思い出した。
そしてチサトはあのとき、自分が思っていた以上に彼を傷つけてしまったのだと痛感する。
何も知らないからと、チサトは彼の心の傷をえぐるようなことを言ってしまったのだ。


見えたその女性は小柄でウェーブのかかった黒の長い髪に大きな瞳で到底、後ろ姿だけでもチサトが太刀打ちできるような女性ではなかった。


「・・・変わってないわね。この部屋・・・」


その女性は部屋を懐かしそうに見渡しながら、静かにアキラに言う。
しかしアキラは何も答えない。


ああ、そっか。
先生と彼女、結婚してここで一緒に暮らしてたんだ。
だから・・・キッチンにもあんなに本格的なツールがあったんだ。
あれは全部あの人が使ってたものだったんだ。

そして、きっと・・・、あの部屋であの椅子に座って先生のピアノを聴いていたのは彼女だったんだ。



チサトのなかのすべての点が線で繋がる、と同時に肩が小さく震える。

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