黄昏と嘘

「……え……?」

声にならない声で聞き返す。
本当なら彼女がここを出て行くことでまたアキラはいつもの日常に戻れるから安堵するはずなのに。
でも。
それは違う、本当に言いたいこと、本当に望んでいることはこんなことではないはずだと、もうひとりの自分が言う。


「通学には・・・時間がかかるけど、でも先生の授業は必ず、遅刻しないように頑張って行きます」


チサトは頭を下げたまま、そう答える。
顔を上げられなかったのは泣きそうになる顔を見られたくなかったから、そしてアキラの表情を確かめるのが怖かったからだった。


きっともうアキラは自分のことをいいようには思っていない。
余計なことをしてアキラに「彼女」を諦めさせてしまうようなことをしてしまったのだから。

自分がいなければ、もしかしたら、「彼女」は結婚を考え直し、アキラと再び一緒になることもあったのかもしれない。

そう思いとチサトの胸が痛む。

先生は今、どんな表情をしているのだろうか。
私のことを見ているのだろうか。
先生とこんな風に関わることがなければ。
こんなことになってしまうのなら、遠くから見ているだけでよかった。

アキラは黙ったまま何も答えない。
チサトがこんなにも思い詰めていることも想像もしていないだろう。


< 302 / 315 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop