黄昏と嘘

そして少し続いた沈黙の後、彼はようやく口を開いた。

「・・・急な・・・あ、いや、・・・それよりも・・・」

アキラはせめてあの日、自分が「彼女」に対し、思っていた以上に落ち着いて冷静に話を聞くことができたこと、それはチサトのおかげだとれだけでも伝えたいと話をしようと思った。
彼女に惹かれていることはこのまま自分の中で封印してゆくとしても。

しかしチサトは彼の話し始めた言葉をやはりあの時のことを責められるのだと思い込み、早くこの場から離れたいとやっと顔を上げ作り笑顔で彼の言葉を遮る。


「あのっ、・・・今日の17時半の特急の指定を取ったからもう時間がなくて。
荷物は・・・えっと、部屋にまとめてて、その、これ、・・・住所です。
着払いで送ってもらえないでしょうか・・・」


そう言いながら小走りでアキラの側に駆け寄り、彼の資料がたくさん置いてあるテーブルの上にメモを置いた。
そして一歩下がり、後ろで手を組んで、最初と同じ、精一杯の笑顔を彼に向ける。



「私、先生の授業が大好きですから」
――私、先生が大好きですから――



「・・・え?」

(少しの間だけど一緒にいて楽しかったです)


チサトは声に出さずに唇だけを動かしてそう言った。
今まで生きてきた中で一番の勇気を振り絞って。

きっと彼にとって彼女のこの気持ちは迷惑な気持ちだろうけど。
これ以上、嫌われたくないけれど。

どうしても「楽しかった」という思いだけは言っておきたかった。

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