黄昏と嘘
チサトはアキラの声をぼんやりと背中越しになにか、言っている、と頭の遠くで認識はしていた。
きっといつもの彼女ならそれが彼女自身の勘違いで呼び止められていなかったといても、喜んで笑顔で振り向き「なんでしょうか?」そう答えていたかもしれない。
しかしチサトの中にはもうそうすることもできなくなっていた。
きっとそれは空耳。
都合のいい自分がアキラの声を聞いただけだと納得させていた。
リビングのドアノブに手をかけてもう一度、振り向いて彼の顔をちゃんと見ておきたい、そんな思いもあったが早くここから立ち去りたい、そんな思いのほうが大きかったかもしれない。
「ホントにすみませんでした」
背を向けたまま彼に聞こえるか、聞こえないか、そんな小さな声で言って逃げるようにリビングを出て行った。
頭はこんなにぼんやりとしているのに身体はきちんと動いてるんだな・・・。
そんなことを考えながら一旦、部屋へ戻ったチサトはダンボールにまとめた荷物を再度、確かめて時計を見る。
まだ予約を入れた電車の時間には早いけれど、このまま残っていてもこの空間にアキラと一緒にいるのは辛いだけだから、と彼女はそっと部屋を出た。
玄関先で靴を履きながら、ちらりと彼がいると思われるリビングの方を見る。
それから玄関のシューズボックスの棚に鍵を置き、彼に気付かれないよう、そっとドアを開けた。