黄昏と嘘

しんとした部屋の中に時計の音だけが響く。


アキラは体勢を直し、もう考えこんでも仕方のないことだと思い直し、さっきまでの作業の続きを始めた。
テーブルに並べられた書類に足りない文章を付け足し、削除し、そしてグラフをパソコンで作成する。

一切のことを考えたくないときは仕事がはかどるものだ。
結局は逃避しているだけなのだが。
思っていたよりも早く処理が進む。


もう、あとこの1枚が終わったら少し眠ろうか。
最近、また眠りが浅く、寝不足の日々が続いていたから・・・。


そんなことを思いながら黙々と仕事を続ける。

最後の処理のため、向かい側の椅子に近い場所にある本を取ろうと手を伸ばした時、テーブルの上からハラリ、と小さな紙が彼の足元に1枚落ちた。


無意識に拾い上げるとそれはさっきチサトが出て行く時に彼に渡したメモだった。
そこには彼女の実家の住所と電話番号がいかにも女の子らしい丸い文字で記されていた。


「本当にここからじゃ通学も大変だな…」


住所を見つめながら彼は小さな声でつぶやきなが苦笑する。
そしてそのメモを何気なく裏向ける。


裏に書かれていた小さな文章にアキラはハッした。


「・・・!!」


それを見た途端、彼はもうさっきまでのためらいも迷いも払拭され、テーブルもそのままに慌てて立ち上がり、時計を見る。

彼女が出て行ってからもう2時間近くもたっていた。


「間に合うか…?」


そして彼は慌てて上着を取り、部屋を出て行った。


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