黄昏と嘘

彼に押さえつけられながらもチサトは思っていた。
その表情の向こう、何か。
わからないけれどその姿が彼のすべてじゃない。
もっと別の、何かを隠すために?そんな表情でいるような。
だから、眼の前にいる、この冷たい表情は決して本心からではない、と。

アキラのためにもここは言わないとはっきり伝えなければ、そうチサトはそう思ったけれど首を左右に振るだけで精一杯だった。

おそらく、こんな状況だったら大概の女性は恐怖に慄いてしまうだろう。
でもチサトには彼に対して不思議とそういう思いはなかった。
アキラが傷ついているように思えたからだ。
本当に傷ついているのかどうかそれを確かめる術はないけれどその表情で、心を隠すために冷たい仮面を被っているように感じた。

思いを伝えたいけれど上手く言葉にできない。

そんなこと思っていたらアキラの顔が急に近づいてきた。

え?な、なに……?

突然のことにチサトはびっくりして目をぎゅっと閉じる。
彼の唇がチサトの唇に触れるか触れないか、それくらいの距離。
目を閉じているけれどかすかに伝わるアキラの体温で今の状況が感じ取れる。
チサトの身体はカッと体温が上がったように熱くなり、口から心臓が飛び出てしまいそうなくらいにドクドクと波打ち始める。


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