黄昏と嘘

・残された時間


あの出来事以来、チサトの頭の中はアキラのことでいっぱいだ。
いつも想いはどうしようもないから考えないようにしようと思っていたのに、思えば思うほど気持は彼に戻ってしまう。
あのときの一瞬、一瞬を思い出しては胸がざわついてしまい、落ち着かなくなる。

ああ、そう言えばあの時「言うな」って言われたけど私、ちゃんと返事してなかったっけ……。
もしかしたら先生、気にしているかもしれない。

そんなことを思い出しながら次に浮かぶのが「彼女」の存在……。

そう、あの教室でアキラはきっとエドワード先生と話していた「彼女」のことを思っていたに違いない。
なんの根拠もないけれどチサトはそう考えてしまう。
結局はそこにたどり着くのだ。

アキラが涙するまでに、そこまでも想われる女性……。
その女性の姿がチサトの中に大きく影を落とす。
図書館で盗み聞きしたときからわかっていた、けれどアキラの意外な姿を見てからはぼんやりと抽象的であった「彼女」の存在がだんだんと現実味をおびてくる。

どんな人物かもわからないのに。
アキラのかつての妻だったのか、それともまた別の人物なのか。
何歳くらいの女性なのか、そんなことを考えてもどうしようもないのに考えずにはいられない。

そのときのチサトの感情は妬いてるとか、そういったものではなく、ただ素直にその彼女が羨ましい、という感情だった。
チサトはすでにアキラに良い印象を持たれていない、だから余計に彼は手の届かない存在。
そしてその「彼女」はチサトとは違い、ずっとアキラに近い存在であり、そしてまたチサトよりもずっと好意を寄せられているはずなのだから。
きっと「彼女」はチサトの見たことのないアキラの笑顔を知っているだろう。
小さな癖だって知っているだろう。

…私だって…本当は、もっと先生のこと、知りたい。

そんなことを思うほどに余計にアキラへの想いが募る。

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