黄昏と嘘
しかし今の彼女には悠長にアキラのことや「彼女」のことを考えている時間はないのだ。
だんだんと迫ってくる部屋を出て行く約束。
わかってる、わかってはいるのだけれど……。
チサトの複雑な思いなどお構いなしに大家からは相変わらず毎日のように引越しについて催促の電話がかかってくる。
あまりにもしつこい電話に「そんなに早く決めてほしいならアンタが決めてよ」って言いたくなるが立場上、チサトのほうがずっと弱いので言えるわけもない。
せいぜい携帯の電源を切るくらいの抵抗しかできない。
でもそれも他の誰かが連絡をしてくるかもしれないと思うと1日ずっと電源を切ることもできなかった。
「あー…、もう、どうしよう…」
頭を抱え込み机にうつぶしたまま、いろんな思いからつい口をついて出る。
授業も終わり、次の教室の移動があるというのにうつぶしたままの彼女はそれ以上、動こうとしない。
「おーい、チサトさん?どうしましたかー?」
隣の席に座っていた同じ授業を履修しているカノコが立ち上がりながらチサトに声をかける。
「……」
チサトは返事をする気力も起らない。
カノコは彼女の反応をしばらく待っていたものの相変わらず動こうとしない彼女に
「もう、何してんの」
ため息交じりに言ったかと思うと持っていたファイルの角でコツンとチサトの頭を小突く。
「痛っ」
やっと頭をあげるチサト。
「何すんのよ、痛いじゃないの」
チサトは手で頭をさすりながら頬を膨らませてカノコを少し睨む。