黄昏と嘘

はっきりと誰にも言わないと彼と約束していないから、誰かに話さないか、アキラは気にしているのかもしれない、だからいつもよりも冷たい表情をこちらにむけているのだろう、チサトはそう思った。

大丈夫です、私、誰にも言いませんから。
先生が私のこと、嫌いならせめて今以上、嫌われないように先生の言うこと必ず守ろうと決めたから。

今までそう伝えたいと思っていたけれどアキラに直接、言うチャンスも勇気もなかった。
でもこうして彼を目の前にしてチサトはこころの中でつぶやく。
しかしそうは思ってみてもやはり思っているだけでは伝わらない。

だんだんとはっきり彼の姿が現れ、それによってふたりの距離が縮まってくるのがわかる。
今、言った方がいいかもしれない、チサトは少しでもアキラに安心して欲しいという焦りから隣にカノコがいることも忘れ、すれ違いざま、思わず彼の背中に向かって大声で言った。

「…小野先生っ!私、絶対に言いませんから!」

アキラは振り返り、チサトの方を見たけれど表情ひとつ変えずにそのまま無視して歩いて行った。

「……チサト?」

カノコの声にチサトはビクッとする。
しまった、カノコが一緒だったんだ、そう思ったけれどもうそれはすでに遅かった。
きっとさっきの自分の言葉はカノコに変な疑問を抱かせてしまっただろう。

なにか言い訳を、と彼女は必死になって考える。

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