黄昏と嘘
必死になって心当たりを考えるがどうも見当つかない。
いや……、ひとつ、ある。
それは先日、アキラと廊下ですれ違った時、カノコがいるというのに余計なことを言ってしまったこと。
確かにあのときの彼の表情はいつもよりも怖かった。
そのことかもしれない。
それならば先に謝ったほうがいいかもしれない、チサトはそう思った。
いろんなことを考えながら立ち尽くしているとアキラの方からゆっくりとチサトのほうへやってきた。
するとそれまでヒソヒソ声で話していた学生たちがぱあっと蜘蛛の子を散らすように走り去リ始める。
特に彼らと知り合いでも何でもないけれどさあっと一気に消えてしまうと少し心細くなる。
何をどう考えたところで、とにかく、謝るしかない。
アキラがチサトの前で立ち止まる。
同時にチサトは緊張のあまり、ぎゅっと握った手の中に汗をかいているのを感じた。
「あ……の……」
「これ……キミの辞書じゃないのか?」
そう言ってアキラはチサトに電子辞書を差し出した。
彼女は差し出された辞書を受け取り確かめる。
グレーの本体、フタについた傷、端に貼っている猫のシール。
見たところ、チサトのものに間違いなかった。
チサトはあのとき辞書を探しにLL教室へ行ったことをすっかり忘れてしまっており、今、こうして辞書を受け取ったことで思い出した。