黄昏と嘘
確かにカノコの言うとおりだ。大学には先生じゃない他の男のひとがたくさんいる。
でも。
どうして先生なんだろう。
どうして先生じゃないとダメなんだろう。
ひとを好きになる気持ちなんて理性じゃどうにもならない。
いくら自分の気持ちだからってそんなもの簡単にコントールできるわけもない。
もし好きなひとを選べるのならこんな悲しくて叶いそうにもない恋なんて選ぶはずなんてない。
叶いそうにもない、じゃない。
叶わない恋なのだ。
チサトはそんなこと思いながら、次の総合教育の授業で隣に座った男子学生を見る。
あーあ、髪をあんなに金色に染めちゃって。黒に戻す時に絶対に髪が傷むって。
あーあ、耳に何個ピアスの穴あけてんだ?私でさえ、1つなのに。
あーあ、動くたびにどっからかチェーンの音がする。どれだけ鎖状のものを身につけてんの?
別にそういうのキライっていうんじゃないけどさ……。
そして気づかれないようにため息をつきながら視線をノートに落とす。
「……なに?」
それでもその学生はチサトの視線に気づいたようで言葉をかける。
思わず彼女はドキッとする。
「あ…、すみません、なんでもないです」
チサトは肘をついていた姿勢からまっすぐに背筋を伸ばしその男子学生の方を見て、小さな声で謝る。
やっぱり、小野先生の方がずっといい、そんなこと考えて再び視線を自分のノートに移し、この授業で配られたレジュメの言葉を意味なく書き留め始めた。
「…ねぇ、どこの学部?」
謝って会話はそれで終わったと思っていたのに、その学生は続けて話しかけてくる。
なんか面倒くさい…、見なくてもわかる、彼は身体を乗り出すようにしてチサトを見ている。その態度はやたらと馴れ馴れしく感じられた。
彼女は知らん顔して教壇に立つ少し小太りのモソモソとした話し方をする先生に視線を向けて授業に集中しようとする。
「俺、経済。アンタは…そうだなあ、見た感じ、外国語学部?」
返事もせず顔も向けようとしていないのに話しかけてくる学生に少しイラッとしてチサトはチラリとその学生を見た。
どうやら彼はチサトの半透明のカバンの中に見える英語で書かれた数冊の教科書を見ながら答えていたようだ。
なに、カンで当てたフリしてんのよ、そう言いたかったけれどこれ以上関わりたくもなかったのでわかるかわからないか適当にうなずくようなそぶりを見せて誤魔化す。