黄昏と嘘

「……ね?チサトちゃん、もしかして好きな人いる?」

「え?」

「あ、答えたくなかったらかまわないのよ。
今、なんとなくそんな風に思ったから」

チサトはその言葉にモモカの顔を見たものの、そのまま視線を香水のビンに落とし、小さな声で答えた。

「いえ……」

小さなビンの中にアキラの姿が浮かぶと同時にまた胸が苦しくなる。

「いいなあ、まだまだチサトちゃんはこれからだもんね。
私なんかもう30過ぎてもまだ独身でしょ?
そのうえ田舎に帰らなきゃいけなくなってさ。
あー、もう人生終わっちゃったって感じ」

一気に早口でモモカはそう言って笑う。

「そ……、そんなことないと思います!
石田さんキレイだし仕事もできる人だから。
ここを離れてもきっと周りの男の人は放っておかないと思います!」

本心からチサトはモモカの言葉を否定する。

チサトにとってモモカは憧れの女性、きっと故郷に帰ったら地元の男性が喜ぶに決まっている。
昔から焦がれている男性も多いんじゃないだろうか。

「そうかな?ありがと。
私、頑張るわ!……チサトちゃんもね。
もし、好きな人がいるのなら想ってるだけじゃ相手に気持ちは伝わらないのよ?
勇気をもって想いを伝えなきゃ、ね」

それはチサトにも十分わかっている。
でもモモカはチサトの好きな人を知らないからそう言うのだろう。
チサトの好きなひとが誰かわかったら、それでもモモカは笑ってそう言ってくれるだろうか。


近くて……それでいて、とても遠い人。


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