黄昏と嘘

背中を押されながらチサトのこころの中での戸惑いが、迷いになり、それがだんだんと大きくなる。
このままだとマズイことになるんじゃないだろうか。
知ってる男のひとだと言っても1度、授業で隣の席になったってだけでよく考えたら彼の名前も何もわからない。
そんな男のひとの、しかも一人暮らしの家に上がりこむとか……。

どうしてあんなこと言ってしまったんだろう。
もっと冷静にならなきゃいけないのに。

とにかく今のこの状態は何をどう考えてもマズイだろう。
いくら住所借りるためとか、どんな理由があったとしても住所を貸して欲しいなんて変な返事をしてしまったことをチサトはとても後悔した。

止めたほうが……、止めようか、違う、止めたほうがいいに決まってる。

そしてチサトは住所のことはもう一度、家に帰ってからちゃんと考えなおすことにして、とりあえずこのひとから離れよう、そう思った。

「ごめんなさい……。
やっぱり私……その、急用思い出しちゃって……」

チサトは苦笑しながらそう言ってその場から離れようとする。
しかし彼はチサトの腕をグッと掴み、その勢いで倒れそうになった。

「えっ、わっ……。ちょっ……と……!」

できるだけ足を踏ん張りながら穏便にここは終わらせないと余計にややこしくなるからとチサトは頑張って笑ってみるけれどどうしても引きつった笑いになる。
それは鏡を見なくてもよくわかった。
チサトが焦っているのに気づいているのかいないのか、男は変わらず彼女を掴む手に力を入れる。


< 67 / 315 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop