ありふれた恋でいいから
「………」

無機質な床の上に音もなく落ちたそれを拾う手が微かに震えた。
薄く小さな布状のそれは、もう蒼くくすんでところどころ糸が解れているけれど。
その存在は、あの日の出来事をいとも簡単に、そして鮮明に蘇らせる。



―――受験前に、合格祈願に行った神社で一緒に買った縁結びのお守り。

畑野くんが藍色で、私は朱色。

あの日の帰り道、『肌身離さず持っとく』なんて大袈裟に言った畑野くんが入れたのは。
間違いなく当時流行っていたナイロン素材の二つ折りの財布で、今彼が手にしている皮製の長財布なんかじゃなかった。

「どう…して……」

……どうしてまだ、持ってるの。

心の中で呟いた筈の想いの断片がぽつりと音になる。
< 100 / 166 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop