ありふれた恋でいいから
『…ここでいいよ』

最後まで見送るつもりで向かった駅の入り口で立ち止まった梓は、徐に振り返ると右手を差し出した。


『……、』


それが別れの握手だと思えば思うほど、伝えたい言葉が幾つも喉の奥で躊躇して、応えられないでいる俺の手を、梓は小さく笑いながら両手で持ち上げた。


『…ごめんね。ずっと前に部屋で見付けて、こっそり持ってたの』

『――え?』


思いがけないその言葉と共に掌に触れる感触は、気付かないくらい微かなもので。

『…脩二の一番になれないことは分かってた。でもね。私は、脩二といられるだけで幸せだったから、後悔してない』


続けられた告白に、息が止まるような気がした。
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