ありふれた恋でいいから
プロポーズを受けておいて、どれだけ非常識なことをしているのか分かっている。
何を言われても、たとえ怒鳴られても仕方ない。

そしてどんなに罪の意識に苛まれたとしても、涙を見せてはいけない。
そう、思っていたのに。






「…忘れられないのは……“畑野くん”?」



慶介さんの口から吐き出された意外な名前に、そこへ向けていた意識がふと途切れた。




「…なん、で…?」



言いながらも、頭の中では自分の発言が幾度となく反芻される。

でも何度思い返したところで、ここまでの僅かな言葉の中に、彼に繋がるものなど何もない筈だ。

動揺すれば答えなくとも暗に認めているのと同じだと分かっているけれど、それでもその一言に圧倒されて。

強張ったままの私の顔を悲しげな瞳で見つめた慶介さんが呟いた。








「……実乃がね、時々寝言で呼んでた。俺の隣で、悲しそうな声で、彼の名前を呼んでたんだ」



……言葉が、出なかった。



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