ありふれた恋でいいから
「驚いたよ。目の前の患者が、自分の彼女が呼んでた男だなんてさ」

捨て鉢な口調で続ける慶介さんの口許には、自嘲的な笑みが浮かんでいた。

「寝言ぐらい、聞き流せたよ。そりゃ過去の一つや二つ、誰にだってある。それが今の実乃の一部なら、それも仕方ないって。――でも!」


ダン!、と鈍い衝撃がハンドルを通じて狭い車内に伝わる。

強く打ち付けた拳を更に、弱く、確かめるように数回、叩いて。

「…何年も会ってなかったんだろ?実乃、結婚するって伝えてたよな?その相手は俺じゃないの?なぁ、違うの?」

慶介さんの言葉が堰を切ったように続く。


けれどその中で僅かに生じた違和感は。

「どうして…知ってるの?」

流されることなく疑問に変わった。
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