ありふれた恋でいいから
けれど再び対峙した気持ちは、衝動でなく、見て見ぬふりの出来ない、深い想い。

「――全部忘れて、過去にして、慶介さんと一緒に生きようと思ったの。けどあの時…」

息苦しい空気の中、カバンから取り出したあるもの。

「…あの時実乃が取り乱したのは、それのせいだったんだ?」

私の掌を見て、慶介さんが深い溜息とともに言葉を遮った。





「…たった一つだけ、お揃いだったの」

ーーあの頃二人で過ごした日々は。

短かったけれど、毎日が畑野くんとの時間で溢れてた。

疑うことを知らない無垢な気持ちと純粋な絆。

足元から伸びる長い二つの影も、白く煌いて冷気に溶けゆく息も、寄り添う毎に愛しく感じる体温も。

どれも今そこに在るかのように鮮やかに蘇るのに。

それはもう私の記憶の中でしか触れることの出来ない、淡い想い出。
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