ありふれた恋でいいから
ゴツン、と長い廊下に響く鈍い物音で我に返る。

力の抜けた手から滑り落ちていた携帯を拾い上げ、もうずっとかけていなかった彼女の番号を一気に呼び出す。

一言でいいから謝りたい。
恨まれても憎まれてもいいから、一言だけ謝らせて欲しい。

だけど、そんな俺の心を嘲笑うかのように。

“―――おかけになった番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって……”




空しく耳に響くのは、機械的なアナウンス。

俺は、一体何処までバカなんだろう。

どうしてあの時、こんな展開まで予想できなかったんだろう。

彼女が築き上げた努力を、一瞬で無駄にしてしまいかねない危うさにどうして気付けなかったんだろう。

あの時少しでも冷静になっていれば。

暫く嘘を突き通してでも、彼女が大学に入学するまで黙っていれば。
……彼女の進路を歪ませることは避けられたのかもしれないのに。

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