軍平記〜女剣客、一文字〜
先刻までの物々しさは祠の洞窟から消えていた。
三人の息と、三本の松明の明かりだけが洞内を照らす。
子犬のように大きなコウモリの姿も見えない。
じっとりと湿り気を帯びた空気と、ヌルヌルとした階段状の石が、地下深くへと続いている。
暗闇に突如、広い空間が現れた。
「師団長様、この広い空間は何でしょうか?」
柏が凛に聞く。
「お二人供、ちょっと待てください!」
二人を葛城が止める。
葛城は目を凝らして注意深く中を見つめた。
「師団長様、ゴマ檀が在ります・・・。」
「うむ。確認出来た。」
ゴマ檀とは、火を焚き上げ祈祷を施す儀式を行う時に使う物だ。
何故こんな物が朽ちた祠に在るのか。
「まだ、新しいか?」
凛は近付いてゴマ檀を見てみる。
確かに新しい。
何者かが先に入り何らかの祈祷を行った可能性がある。
松明の明かりを内壁に沿って掲げる。
地下空間はかなりの高さと広さを持っている。
不意に柏が小さな声で言う。
「師団長様・・・。あ、あれは・・・。」
凛は柏が照らす内壁に目をやる。
「こ、これはまさか!?」
巨大な生き物が壁の中に閉じ込められていた。
「こ、これが九頭竜なのか!?」
葛城も思わず声を出す。
壁の内側に閉じ込められている巨大な生物は、もがいたらしく、巨体の一部が壁からはみ出していた。
頭であろう一部と、足と腹部であろうか。
暗いためよくは確認出来ないが、頭だけで凛達三人分の大きさは在るだろう。
足は巨木の幹の様に太く大きい。
腹の部分には朽ちかけたしめ縄が張られていて、恐らくは結界の役割を果たしているようだ。
「こんな生き物が、この世に居たとは・・・。」
三人は戦慄を禁じ得ない。
ギュグググ・・・。
「葛城、何か言ったか?」
柏が葛城に聞く。
「いや、何も言っていない・・・。」
柏が答える。
「二人とも、静かに・・・。」
凛が二人を制する。
ギュグググ・・・。
「何か聞こえないか?」
凛は二人に聞く。
「壁の生き物では無いようですが、鳴き声の様なものが・・・。」
葛城が言った時だった。
洞窟の上空から、無数のあのコウモリ達が三人を目掛けて襲い掛かってきた。