軍平記〜女剣客、一文字〜
九頭竜
「師団長様……。我等に構わず脱出して下さい」
葛城は凛に言った。
「馬鹿者!そんな事が出来るか!」
凛は怒鳴る。
「もはや、我々はこれ以上は動けませぬ……。せめて、師団長様だけでも……」
葛城は声を振り絞った。
葛城はおもむろに立ち上がると、刀を抜刀し口にくわえた。
「葛城!何をする!!」
脱兎の如く、葛城は九頭竜目掛けて特攻した。
「は、早まるな!!」
葛城は、凛の制止を振り切り、九頭竜の脚に刀を突き立てた。
しかし、その刹那。
無情にも刀は鱗に跳ね返され、折れた。
「葛城!!!」
葛城の体に、家ほどもある巨大な脚がのし掛かる。
瞬間、大量の血がその脚底から吹き上がった。
「葛城!!!」
凛は絶叫した。
すると、柏も覚悟を決めたのか、刀を抜き、九頭竜の蛇腹に向けて跳躍した。
「ま、待て!!柏!!」
とっさに凛は叫んだが、
覚悟を決めた柏の耳には届かなかった。
柏は、刀を蛇腹の隙間に射し込むべく、渾身の力を込めて跳躍していった。
「柏!!!」
又しても、柏の突きは跳ね返され、刀は二つに折れてしまった。
しかし、弾き飛ばされんと必死に九頭竜の蛇腹にしがみ付いて、手刀を何発も叩き付けた。
拳の砕ける音と、岩盤が剥がれる音。
その両方の音が、凛の耳に届く。
柏は力尽きて、九頭竜の蛇腹から落下し、地面に叩き付けられた。
ブシュッ……。
九頭竜の脚が、又しても何かを踏み潰した音が、不気味に響き渡る。
「……。葛城……柏……」
凛は苦悶の表情を浮かべ、目を閉じた。
「ゆ、許さぬ……」
脳から心臓へ、心臓から脳へ、大量の沸騰しそうな血液が回り出す。
ガラガラガラガラッ……。
轟音と共に、九頭竜はその全貌をさらけ出そうとしていた。
余りにも巨大で、禍々しく、憎悪に満ちた邪悪な気を纏い、
固い鋼のどす黒い鱗に覆われて、
九つの竜の顔を持った化け物。
それが九頭竜の正体だった。
気圧されされそうに成りながらも、凛は刀を抜く。
全霊を込めて九頭竜を叩き斬る。