軍平記〜女剣客、一文字〜
比叡山
「久し振りじゃな、一文字凛。」
「お久し振りです。大僧正様。」
「事情は聞いておる、天帝様の為、協力出来る事は何でもしよう。」
「はい。ありがとうございます。」
「して、凛。そなたはこれから何を行う。」
「ええ。精鋭将校をさらに強くするため、琵琶湖水練と山岳行軍を行います。」
「おお、それは良い。この山は深く険しい。まして、琵琶湖はこの国で最も大きな湖、様々な淡水生物が存在し、人を襲うアヤカシも居るからな。
毎日行えば、強靭な精神と肉体を養えるはずじゃ。」
「仰せの通りです。」
「大僧正様には、天帝様の教育をお願い致します。」
「うむ。だがな凛。そちも時間を見つけ遊んでやるのじゃぞ。」
「はい。では、そろそろ、失礼致します。」
凛は叡山延暦寺の本堂、中堂を出る。
大僧正・最廉(さいれん)は法力を使う。強力な法力は兵士すら倒す。
だが、その行為は厳禁とされ、相伝の秘術とされる。
舞鶴法王は叡山で出家して、最廉の教えを受けて、知己の仲なのだ。
今回の作戦において宰相が最廉を信頼し、協力を依頼したのもその為である。
「おぼうさま〜!ひさしぶりじゃの〜!!」
いろはは最廉に抱き付く。
「これはこれは天帝様。おかわりなく。」
にこやかに抱き抱える最廉。
「これから暫くこの坊主が天帝様の遊び相手ですぞ。」
「そうか!じゃぁ何をして遊ぶんじゃ?」
「先ずはわたくしと、この本を読みましょう。」
「うん!わかった!読もう、読もう!!」
いろはと最廉は凛が修練を行う間、共に過ごす。
最廉は天帝と朝廷に必要な教育を施す。
この間の天帝の警護は叡山の僧兵が行う。
密命を大僧正から受けた信任の厚い僧兵達が延暦寺を守る。
その頃、凛は琵琶湖に居た。
「良いか。今からこの湖を往復する水練を行う。」
「はい!」
将校たちは返事をする。
「各々、水練着に着替えたら、又ここに集まるように。」
「はい!」
峰麗しい若い女性が二十人。そこに凛も加わり二十一人。
水練着は、簡素なものだ。藍色に染めたサラシを体に巻き付け、太ももの上まで切った細い袴を履く。
足が泳ぎの邪魔に成らないように。
口に刀をくわえ、湖を泳ぐ。
鍛えあげられた美女が二十一人、水に溶け合う。
それは美しい光景だ。
琵琶湖は、原始の様相を呈している。
湖畔に人家はなく、漁を行うものも無く、生き物の宝庫である。
人も寄り付かない湖を、泳ぐ酔狂な事を行う者など居ない。
叡山・大僧正最廉が行(ぎょう)を行った時に百日間入水し泳ぎ切った時以外、誰も泳いだ者は居ない。
その湖を女性将校が泳ぐのだ。
しかも、護身用に刀をくわえて。
それは壮絶な修練だ。
琵琶湖には小島が沢山在る。
そこで、休憩を取りながら進む。
最終的には向こう岸まで、休まずに泳ぎ切る。
誰も脱落せず、一月間この修練をこなせる事はできるのか?
将校全員が不安を胸に水練を始める。
アヤカシも、巨大生物も存在する琵琶湖は、今はまだその牙を剥かない。