軍平記〜女剣客、一文字〜
女性将校は一文字流の修行により均等の取れた体と、細いながらも幾重にも編み込んだ針金のような筋肉を持つ。
適度に柔軟な筋肉は攻撃を受け流し、俊敏な動きを産む。
一文字流の基礎は、この虎や豹のような体作りから始まる。
今回の水練は、持久力を付ける目的があった。
戦場で戦う上で必要な持久力の基礎は、こうして付けていく。
将校達は泳ぐ。
静寂に湖を掻く音だけが響く。
隊列は雁の群のように整然と泳ぐ。
脱落する者も無く、同じ速度でひたすら進む。
異変に気付いたのは、右最後尾の才原伊都(さいばらいと)だった。
大きな魚影が才原の後ろを捉えていた。
刀をくわえて居る為、声で知らせる事が出来ない。
前方の火原一騎(ひばらいっき)に伝える為、速度を上げて泳ぐ。
並んだ才原は、火原に合図を送る。
気付いた火原も、隊列から外れ、才原と共に魚影に近付く。
隊列は尚も泳ぎ続ける。
仲間全員の命を守る為、少ない人数で追っ手を阻むのは、隊の掟であり、使命だ。
火原と才原は、魚影を隊から引き離すため、別方向へ泳ぎ出した。
魚影は二人を追って近付いてくる。
近くの小島の浅瀬まで泳ぐ。
突然魚影から姿を現す。
蟒蛇(うわばみ)の化け物だった。
十メートルはあろうかという蟒蛇は、刀を持つ二人にも容赦無く襲い掛かる。
浅瀬で立ち上がり、刀を構える二人。
巨体を波打たせて二人を弾こうと襲い掛かる蟒蛇。
二手に別れ、その攻撃をかわす。
思いの他俊敏な動きで、蟒蛇は才原を追従してくる。
才原は刀の刃を蟒蛇に向け、逆手に構える。
猛進してくる蟒蛇が、洞窟の入り口程もある大口を開けて、才原を飲み込もうとする。
口の中に飲まれた才原は刹那、逆手に構えた刀を一気に顎下へ突き刺す。
ブシュゥ〜っ!!
真っ二つに蟒蛇の顎下から腹部に掛けて裂ける。
暴れる尾を火原が切り落とす。
蟒蛇の体内から、刀を上に向け、突き上げる。
才原はその引き裂いた肉の切れ目から脱出する。
蟒蛇は大量の血を流し、動かなくなった。
血が湖の浅瀬に到達した時、その血の臭いに反応した、大量の鋭い牙を持つ魚の群が集まってきた。
浅瀬の蟒蛇の死骸に向け牙を突き立て噛み付く。
凄まじい勢いで肉を喰らう魚達。
才原に、蟒蛇の粘液と血液が付いている事に気が付いた魚達は、才原にも襲い掛かる。
「才原!!早く丘に上がれ!!」
火原が大声で怒鳴る。
しかし、間に合わない。
跳躍と同時に、才原の足に魚が食らい付く。
何匹もの魚が跳ねて尚も才原に襲い掛かる。
刀で払っても、無数の魚は尚も才原に食らい付き離れない。
「う、うぎゃああああっ!!」
浅瀬に落下し、魚と共に見えなくなる才原。
「才原!!」火原が叫ぶ。
やがて浅瀬は血に染まり、魚は尚も群がり肉を喰らい続ける。