“毒”から始まる恋もある

営業部のブースを覗くと、直ぐに里中くんが気づいて近寄ってくる。


「ああ、悪いね、刈谷さん」

「いいけど。どうしたのよ」

「ちょっと、場所変えよう」


里中くんが先に立って、私を誘導する。
近くの会議室を見て空いているところに入り、明かりをつけた。


なんだ?
彼が菫と付き合う前なら願ってもない状況だけど、甘い言葉を囁かれるわけじゃないことが分かっているから、不安しか湧き上がらない。

ここで話すってことは、人に聞かれたくないってことでしょう?


里中くんは神妙な顔をすると、私をじっと見つめる。


「あのさ、刈谷さんの彼氏の徳田さん? あの人の下の名前って実国だったよね」

「そうよ?」

「最近彼に会った?」

「土曜が最後だけど。でも電話はするわよ?」

「……おかしなところとか、ない?」


里中くんは、私の顔を伺いながら言葉を慎重に選ぶ。

胸がざわつく。
濡れたティッシュにインクをこぼした時みたいに、じわりと広がっていく心のなかの黒いシミ。


「おかしいってどういう意味?」

「月曜の昼に桐山さんと話してたんだよ。【U TA GE】に行ったこととか刈谷さんの彼氏の話とか。ほら、桐山さんって東峰ロジスティックと取引あるから。で、今日桐山さんが東峰に行ったらしくて、世間話のつもりで営業さんと話したんだって」

「うん」

「そうしたら、徳田って営業はもう三年ほど前に辞めてるって」

「……え?」


頭が一瞬真っ白になった。
辞めたって……そんなの嘘よ。だって名刺だって……。

と思い返して、貰った名刺は個人用だったことを思い出した。
ウチと取引があることも知らなさそうだったし、そういえばこの間も里中くんと名刺交換しなかった。

でもじゃあなに?
あんなに忙しそうにしていて、仕事してないってことも無いでしょう?

それに、どこに行ったって金払いが悪いってことはない。
仕事してない人の行動ではないと思う。
< 112 / 177 >

この作品をシェア

pagetop