“毒”から始まる恋もある
「……刈谷さん、大丈夫?」
しばらく呆然としてしまったのか、里中くんが心配そうに私の肩を揺する。
「だい……大丈夫よ。ただ、驚くでしょ普通。部署が違うから知らないとかじゃないの」
「俺もそう思ったけど、実国なんて名前、そうそう無いし」
「それはまあ、そうだけど」
だったら逆に、彼は何をしている人なの?
どうして東峰ロジスティックの営業だなんて言ったの?
「で、その人、今は倉庫を借りて商売してるんだって」
「……え?」
「なんか、倉庫を使った飲食店って。本来、飲食スペースとして貸し出して無いから結構もめたらしくって。でも昔の社員ってよしみがあるからなんとか許可をとったんだって。二年ほど前から営業してるって聞いたよ?」
色々な符号が合致した。【居酒屋王国】だ。
あれが、彼の店だったんだとしたら?
なぜ身分を詐称したか。
――同じ飲食店の人間の目を欺くため。
なぜ欺かなきゃいけないか。
――自分の店のメニューの参考にしたかったから。
疑問に対して答えがつながる。
「……嘘」
でも、【居酒屋王国】のホームページに書かれた社長の名前はうろ覚えだけど、彼の名前ではなかった。
だからそんなの違う。
違うって信じたいけど、それが一番納得できると思っている自分がいる。
「……やっぱり、知らないんだよね。俺、名刺交換しなかった時からちょっと変だなと思ってて。余計なことかもしれないけど、身分を詐称してるようなら理由を聞いたほうがいいよ。犯罪とかに巻き込まれても困るだろ」
「そう……ね」
「変なこと教えて悪かったかな」
心配そうに、里中くんが私を伺う。
平気よ、と言いたいけどうまく言葉にならない。
小刻みに全身が震えている。