“毒”から始まる恋もある

一度浮かび上がった顔は、頭のなかから抜けていかない。


「……谷崎、ごめん」

「刈谷」

「彼とどうなるかは分からない。でも、谷崎のことは恋愛対象だと思ってない」


谷崎の手を振りきって、私は会議室を出た。
廊下を走り、エレベータを待ってられずに二階分を駆け上がる。


「あ、刈谷先輩」


人事総務部のブースで心配そうな顔をして寄ってくる菫に、「ごめん、帰る」と言って鞄を掴む。


好きか、好きじゃないか、を今考えるのは辞めよう。
考えたところで答えなんか出そうにない。

不安で、何を信じたらいいのか、自分自身さえよくわからなくなっている今、一人だけ信用できると思っている人がいる。

彼に会いたい。

訳がわからないのよ。
助けて。何もしなくていいから、一緒にいてよ。


エレベーターが下に降りるまでの時間をイライラしながら待ち、ついた途端に駆け出す。
転びそうになりながら、駅の階段を上がり、電車に飛び乗った。

数分の乗車時間、降りたところは【U TA GE】の最寄り駅。


電車の中で会いに来た理由は考えた。

昨日が定休日だったはずだから、おそらく【居酒屋王国】に行っただろう。どうなったの? って聞きに来たって言えば、ちっとも不自然じゃないはず。

だけど扉を開けた瞬間、そんな理論武装を使えるほど、自分が強くなかったことに気づいた。


「いらっしゃ……」


数家くんの声が途中で止まる。

顔を見た瞬間、私は力が抜けて膝から崩れ落ちたのだ。
入り口付近にいたお客がざわざわと騒ぎ出す。


「だ、大丈夫ですか」

「ごめん」

「具合悪いんですか?」

「違うわ。……違うの」


緩む涙腺。
ちょっと待って私。こらえて。
さすがにここで泣くのは迷惑過ぎる。



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