“毒”から始まる恋もある
「こちらへ。刈谷さん」
彼は私を立ち上がらせ、ざわついた店内に向かって、「失礼いたしました」と一声かける。
そして、厨房に顔を出し、「体調の悪いお客様がおられるので、事務所借ります」と一声かけた。
私は俯いたまま、彼に連れられていく。
こじんまりとした事務所は、デスクが一つと対になった来客用のソファが置かれていた。
私はそこに、座らせられる。
「体調悪いなら横になってください」
「大丈夫。ごめん、具合が悪いわけじゃないのよ」
「でも顔色は悪いですよ? 熱は?」
彼の手が伸び、額を触られる。
冷たい。ひんやりとして気持ちいい。
やがて、ノックの音がして女性店員が入ってくる。あの子だ、名前はつぐみちゃんだったかしら。
「数家さん、お水とおしぼり持ってきました」
「ああ、ありがとう」
「女性の方ですし、私、代わりましょうか」
「いいよ。刈谷さんだから」
「ああ……。こんにちは、毎度ありがとうございます」
つぐみちゃんは私をちらりと見て、ちょっと眉をひそめつつも、口だけは丁寧に動かした。
何よ。悪かったわよ、就業中に。
「ちょっと抜けてますって店長に言っておいて」
「……はい」
無表情のまま、つぐみちゃんは扉の向こうに消えていった。
「……今日は、どうしました?」
私に水を差し出し、向かいのソファに座った彼は、問いかける。
どうって……どう答えればいいのかしら。
顔が見たいと思って来たはずなのに、いざ見たらなんて言えばいいのかわからなくなる。