“毒”から始まる恋もある
「勤め先ですか? ……ええと、東峰ロジスティックだったかな。営業さんと聞いてますが」
「私もよ。でも、私の同僚が聞いた話によると、彼はその職場には今はいないらしいわ。三年ほど前に辞めてるって」
「……え?」
「本当のところは分からない。でも私は、サダくんが黒だと思ってる。【居酒屋王国】は彼の店よ。……多分」
「今、黒か白かはどうでもいいです」
目を抑えていたおしぼりが取り払われる。
さっきよりもずっと険しい顔が、予想以上に近くにあって目を奪われた。
「刈谷さんが傷ついたかどうかのほうが重要です」
思わず息を飲んだ。
胸がきゅっと詰まって、だけど温かくなる。
私は激しくなる心音を抑えるように胸元の服を握りしめた。
傷ついた……といえば傷ついたけど、本当にショックなら、私の性格上、ここに来るより先にサダくんを問い詰めたと思う。
私がここに来たのは、納得できてしまったからだ。
軽いサダくんの言動。
私はすべて自分に都合のいいように解釈していたけれど、彼はおそらく、私と結婚まで見据えたような付き合いをする気は最初からなかったろう。
だから詐称したままで良かった。
バレるまで長く付き合う気なんかなかったからだ。
問い詰めた時点で終わりになると分かっているから、私は彼のところに行けなかった。
傷つけられるより先に自分を守りたかった。
誰かに傷つけられても、揺るがないくらいになりたかった。
誰かに……ううん、違う、数家くんに。
彼と話しているだけで、自分を認められた気持ちになれるから。