“毒”から始まる恋もある
12.彼の事情
ようやく見えてきた自分の気持ちに、私は苦笑した。
何をやっているんだろう、よりによってここに来て一番脈のなさそうな男への恋心に気づかなくてもいいのに。
だけど、何をさておき、まず先にサダくんと話を付けなければいけない。
「じゃあ、今日は帰るわ。ごめんなさいね、騒がせて」
「いいえ。もう貧血は大丈夫ですか?」
「ええ」
もともと貧血だったわけじゃないけど、そういうことにしておきましょう。
厨房の人たちの邪魔にならないようにとこっそり事務所の扉を開けた途端、皿の割れるような音が耳に届いた。
「どういうことや!」
関西弁?
それに聞き覚えのある声。
まさかと思って顔をあげると、数家くんも眉をよせ、私をちらりと見た。
「今の声……」
「徳田さんっぽいですよね。……刈谷さんここに居てください」
「私も行くわよ」
「いえ、なんか様子が変なので」
制するように肩をポンと叩いて、数家くんが先に出て行く。
でも気になってじっとなんてしてられないわよ。
扉を開けて、こそこそと厨房を覗く。
上から下まですべてステンレス製の棚、奥に並ぶコンロ、大きな冷蔵庫。見るもののほとんどが銀色の背景の中、お店の人は統一のエプロンをつけているから、スーツ姿のサダくんは一際目立つ。
「最初っから言っていたでしょう、光流(みつる)に認められたならいいですよ、と」
「せやけど」
サダくんと話している人は、背が高くてとても風格がある。
後ろ姿だからよく見えないけど、もしかして、あの人が店長さんなのかしら。