“毒”から始まる恋もある
店長さんが数家くんに目配せしたと思ったら、「こちらへ」と腕をとって立たされた。
どうやら二人共出ろ、ということらしい。
なによ、店長さんの返事は私も気になるのに。
好奇心に負けて、出るときに少しだけ扉を開いたままにする。
店長さんの凛とした声が小さく聞こえた。
「今まであなたには【居酒屋王国】のセールスポイントを沢山教えてもらいました。では今度は、【居酒屋王国】の悪い点を教えてもらえますか?」
「え……?」
「言えないでしょう? 光流があなたをダメだと断じたのはそこですよ。自身の店を愛することは大事なことです。でも、いいところだけを見ていても発展はない。……今回の話はお断りします。いずれまた、機会があったら」
きっぱりとした声だった。
「悪趣味ですよ」
と数家くんがいい、聞き耳を立てている私の耳を塞ぐ。
……って、これ、密着し過ぎじゃない?
うわあ、やめてよ、ドキドキするじゃないの。
「きちんと徳田さんと話したほうがいいですよ。……とは言え、今日は彼も精神的に疲れてるでしょうし、別の日にされたら?」
「そうね」
仕事も断られたところでは、私もなんだか話しづらいし。
こっそり帰ってしまおうか。
そう思って歩き出そうとした時、扉が開いてサダくんが私を呼んだ。
「史ちゃん」
「サダくん」
「……話そか」
「う、うん」
彼はうやむやのままで終わらす気はないらしい。
生気のない瞳を軽く上げて、私をじっと見つめた。
「徳田さん、今日は刈谷さん貧血で倒れそうになっていたんです。あまり無理をさせない方が……」
気を使ったのか数家くんが割って入ろうとするけれど、サダくんは嫌そうに彼を睨んだ。
「悪いけど、今お前の顔、見たないんや。……史ちゃん、場所変えよ。こっちや」
有無をいわさぬ勢いで、彼は私の腕を掴んだ。
数家くんが心配そうな視線を向けてきたから、私は苦笑して手を振った。
どうせいつか話し合わなきゃいけないなら今でいい。