“毒”から始まる恋もある
珈琲カップに口をつけていた彼の動きが止まる。
「……“シンデレラの義姉”は私。あれに凄くバッテンが付けられていたのが怖かったの。そこからサダくんが怖くなった」
「は? あれ、史ちゃんなんか?」
サダくんの顔色が変わる。
声を荒らげた彼は、ガシャンと音を立ててカップを置いた。
そして次の瞬間、手を振り上げる。
叩かれるのかと思って身をすくめると、彼は我に返ったように自分の手を見つめ、テーブルの上に戻した。
「なんでや。喜んどったやん」
「でもあれが本心だわ。色々食べれるのは楽しいけど、混ざってしまって記憶に残らない。お店の清潔感も足りないと思った」
「従業員皆必死にやっとるんや。なんで揚げ足ばっかりとんねん」
サダくんがテーブルを叩いたので、周りが一瞬私達を見る。
予想以上の苛立ちを見せられて、あの時の恐怖がよみがえるのと同時に、心の奥底から呼びかけてくる声があった。
吐き出すものが“愛”とか“優しさ”ばかりなら、愛される?
おそらく、愛されるのだろう。
菫のように、大切に守ってもらえるんだろう。
だけどそうして愛されたとして、私はきっと満たされない。
私の中には、“毒”がたくさんあるの。
吐き出さずにいたら、いつか内側から腐ってしまう。
口から溢れることがたとえ“毒”でも、自分の気持ちをちゃんと言うことで、私は私でいられるんじゃない。
「従業員がどれだけ必死でも、客から見える景色はあの通りよ」
「なっ」
「もちろん、あれで満足しているお客さんもたくさんいるわ。でも私は、そう思ったの。それも間違いじゃないでしょう? 意見を全部反映しろとは言わないけど、受け入れて考えることでいい店ができるんじゃないの?
サダくんがあのお店を大事にしているのはわかるけど、大事すぎて周りが見えなくなってるんじゃない」