“毒”から始まる恋もある
サダくんが唇を噛み締めた。テーブルに乗せられた拳は小さく震えている。
安定した企業を辞めて、立ち上げたお店に愛着はあるだろう。
部外者の私が、毒を吐くのが無責任だと言われればそれもそうかもしれないとも思う。
だけど、数家くんなら受け入れるだろうと思ったら言わずにはいられなかった。
サダくんは私を睨みつけた。
そこにはもう愛情なんて一欠片も感じられない。
「……やっぱ、合わんわ、俺と史ちゃん。俺分からんもん。なんでわざわざ悪いこと書き込むん? 客だったら上から目線で何でも言ってええんか。俺らの店をけなす権利、史ちゃんにあるんか」
「あるわよ。お金を払って食事をするのよ。意見を言う権利くらいはあるわ」
負けずに言い返した。
「客は簡単に言うけど、こっちは売上に左右するんやで」
「だったら、客は不満を飲み込んでればいいっていうの? それも違うでしょう」
にらみ合いは、彼が逸らしたことで終了となる。
「……ええわ。どっちみち続けるのなんて無理や。別れよ」
「分かった」
「せいぜい数家とうまくやりぃ」
「なんで数家くんよ」
「さっきからええ雰囲気やったやん。史ちゃん、自分で分かっとらんかしらんけどえろう分かり易いで。俺のこと狙っとったんも直ぐ分かったし。……引いとんのも直ぐ分かったわ」
「……それは」
「ええよ。俺もそんなに本気だったわけじゃないねん。気ぃありそうやったし、美人さんやし、人付き合いも良さそうだから店連れてったら同僚とか連れてきてくれるんやろなってそういう腹があった。……利用しとった部分もあったんや。……ほな、さいなら」
伝票を持って、彼が先に席を立つ。
私は席に座ったまま、唇を噛み締めていた。