“毒”から始まる恋もある
「送りますよ」
「敬語」
「えー、……送るよ?」
「なんで疑問形」
ちょっと笑っちゃう。
促されて、私は少し先を歩いた。
カツカツと音を鳴らしながら動くヒールに、数家くんのスニーカーが続く。
「刈谷さんっていつもパンプスですね。歩きにくくは無いんですか?」
「んー、慣れたわ。この高さのヒールが一番足が綺麗に見えるんだって。だからよく履いてるかも」
「へぇ。そんなのあるんですか」
「服の丈とかもあるわよ? 身長に応じてコーディネートも変わってくるしさ。女はたゆまぬ努力を続けているのよ。それより敬語、また戻ってる」
「あ。でももう癖だからなぁ」
「何事も努力よ。いいから、お店以外では敬語やめてちょうだい」
「分かりま……分かった」
そうこうしているうちにアパートの前についた。
「ここなの。二階」
「じゃあ部屋入って。俺、見届けたら帰るから」
「別に見届けられなくてもこの距離で何かは起こらないわよ」
「でも入ってもらわないと俺が帰れないんで」
今度の言い合いは、私の負けかしら。
「わかったわよ」
と渋々階段を登っていると、踊り場のところで声をかけられる。
「刈谷さん」
「なに?」
「今度一緒に食事でもしませんか?」
「え?」
ここで誘う?
驚きのあまりキョドった声しか出ない。
「何事も努力、なんでしょ?」
「……うん?」
「じゃ、今度電話するので」
「……はい」
「おやすみなさい」
あんな事を言っておきながら、結局私が部屋に入る前に駆け出していった。
二階まで上ると通りの先に彼の背中が見える。
「……おやすみなさい」
テンポ遅れの私の返事は、彼には届いていないだろう。