“毒”から始まる恋もある
会計に並んだところで菫の電話が鳴る。
「あ、ごめんなさい。えと」
「払っておくから電話に出なさい」
モタモタしてるとどちらもできなくなる。
菫を戸口に追い立てて、私が支払いを引き受けた。
最初は別な店員がレジに向かおうとしたのに、目ざとく見つけた数家さんがやってきた。
会計をする間も私から離れない視線がまるで見えないロープのよう。
「お釣り、270円になります。ありがとうございました」
「はいはい。ごちそうさま」
早々に逃げようと思っていた私の手を、お釣りを乗せるのに乗じてつかむ。
「もし良かったらご住所教えていただけませんか。サービス券とか贈らせていただきます」
物腰は柔らかいくせに押しが強いな。
なんだか断りづらい。
もう、金輪際来ないつもりだったのになんてこと。
「……はあ」
「もしダメなら、またグルメサイトに忌憚のないご意見を書いていただければ」
でもタダで書き込むよりサービス券なり貰えるんならそのほうが得だしな。
「分かった、いいわよ」
「ありがとうございます!」
諦めた私は、結局住所とメールアドレスを彼に渡す。
まあ相手の身元が知れているなら、何かあっても訴えることも可能だし。
「……刈谷先輩、もしかしてナンパされたんですか?」
電話を終えていた菫が、キョトンとした顔で私を覗きこむ。
「違うわ」
「でもなんだか照れてるみたいな」
そんなんじゃない。
ただ、誰もが毒だと思うような私の言動を、褒め称えたのはあの人が初めてのような気がするから。
だからよ。
ちょっと顔がニヤついてしまうのは。