“毒”から始まる恋もある
やがて収入の無くなった男はアンナにより掛かるようになる。
それでもアンナは彼に貢いだ。この成功を与えてくれたのは他でもない彼だからだ。
やがて男は彼女の息子を虐待する。
それでもアンナは彼と別れられない。
彼女にとって男は栄光のお守りで、彼がいなくなれば、きっと以前の惨めな自分に戻ると思い込んでいたからだ。
男の暴挙を許し続け、犠牲になったのは彼女の息子だ。
そして最後、男とアンナは共に出かけたパーティの帰りに、飲酒運転で事故死する。
彼女のすべての財産は、一人息子である十九歳の少年の物となった。
十五年後、一人の男がサスペンス小説を書いた。
虐待を続ける父親と見てみぬふりをする母親に育てられ、愛を知らずに育った男が、自分のされたことを日記に克明に記載し、十八歳の誕生日を境に復讐を始めるという話だった。
自分がされたように男の腹を蹴り、自分がされたように腐りかけの肉を喰わせ、自分がされたように母親に精神的な呪いをかける。逆らえば、生きる場所などないのだと。
そして最終的に、彼は完全犯罪を企て、二人を事故死に見せかけて殺した。
自分は生きているのに、だ。
それは復讐を越えた行為だ、と彼は翌日の新聞記事を見て初めて気づく。
もう自分の為すべきことが無いと知った時、彼は狂気の塊になった……という、殺人鬼が野放し状態になったことを暗示するラストと完全犯罪のトリックが評判となった。
男の過去を突き止めたジャーナリストは、これは彼の告白書だと煽り立てた。
結果、その物語は売れに売れ、彼はベストセラー作家となる。
…………
「……これ、絶対宣伝詐欺ね。アンナの恋愛話じゃなくてサイコホラーに近いわよ」
「なんか短編映画二つ見たみたいな気分にはなったなぁ。でも後味悪いわー」
映画館を出た後、私達は喫茶店で先ほどの映画の衝撃を語り合っていた。