“毒”から始まる恋もある


「離してってば」


谷崎は不満気な顔のまま私を見下ろす。


「何呑気に里中さんと話してんだよ。振られたんだろ」

「仕事の話でしょ? それに、もう吹っ切ってるわよ、彼のことは」


むしろせっかくイケメン観賞していたのに、邪魔すんなって感じよ。


「でもお前……イテテ」


谷崎の声が、途中で途切れる。


「谷崎、刈谷さん嫌がってるようだけど」


私を掴んでいた谷崎の手をねじり上げて私を自由にしてくれたのは里中くんだ。

うわあ、格好いい。ヒーローみたい。

谷崎は里中くんをキッと睨みつけた。


「仮にそうでも、アンタだけは出てくんなよ。こいつの気持ち考え……」


言い返した谷崎を、じっと見つめられた里中くんは、何を思ったかパッと手を離した。


「え?」

「は?」

「……いや、それもそうだな。でも、今セクハラとかパワハラとか厳しいから気をつけろよ。じゃあ」


途端に里中くんが歩いて行っちゃう。
マジか。こいつとふたりきりで置いて行かないで。 


「じゃあね、谷崎」


呆然としたままの谷崎にひと声かけて、私は里中くんについていく。


「ちょ、里中くん。なんなの? 今の」

「刈谷さん」


里中くんは、考えこむように顎に手をあてて、私を見下ろした。
探るような視線で見られるとドキドキしちゃうんだけど。ホントこの人王子様オーラあるよなー。


「俺は谷崎、いいやつだと思うよ?」

「……は?」

「じゃあね」


なにそれ。なんなの?
取り残された私は、わけも分からず立ち尽くす。


「あれ、刈谷ちゃん、どうしたの?」


営業事務の彩音が鞄を持って出てくるのを見て、ああ、定時を過ぎたのか、なんて呑気に思った。

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