“毒”から始まる恋もある
「……史ちゃんってば」
「え?」
「なんか買ってこ言うとるねん。聞いとった?」
「あ、ゴメン。ぼーっとしてた」
目の前でサダくんの大きな手が振られている。
「なんや、変な妄想しとったんとちゃうやろな」
「ち、違うわよ」
「違わんで、顔赤いもん。やー、史ちゃんのエッチー」
おどけるように言われて、体の力が抜けた。
思わず本当に変な想像をしてしまって、里中くんのことも頭から消えていく。
「もう! 子供みたいね、サダくん」
助かった。
意味のない言い合いは、私の中にある重たい何かから私を遠ざけてくれる。
人はまばらな駅構内。
繋いだ手をギュッと握りしめて、私はまるで自分に言い聞かせるように告げた。
「……好き」
「なんや? 今日はえろう大胆やで」
「本当よ。サダくんが好きだなって思ってる」
「ほうか。嬉しいなぁ」
関西弁のイントネーションも、耳に慣れてきた。
違和感はこうしていずれなくなっていくはずだ。
サダくんのアパートの最寄り駅まで行き、途中のコンビニで飲み物を買って、彼の部屋に向かった。
オートロックのついた賃貸マンションで、部屋は八畳ほどの広さがある。
落ち着いた色調の床と壁。ブラウンオークのベッドには綺麗な白いシーツがかけられている。机の上には書類やら何やら山のように乗っていた。
「思ったより綺麗にしてるのね」
正直な感想だったけど、私が机を見ていたからか、彼は嫌味と受け取ったようだ。
苦笑して、私の頭を掴んで見ている方向を変えさせる。
「あー、そのへんは見んといて。片付けとかはせんでええねん。乱雑に見えて規則性あるから」
「そうなんだ」
仕事忙しそうだもんなぁ。
運送系の営業でそんなに書類いるのかなって思うけど、まあ他職種のことなんてわからないもんな。