“毒”から始まる恋もある
食べ歩きが趣味って言ってたから?
それにしたってこれはやり過ぎじゃないかしら。
用紙の余白が埋まるほどびっちり書く?
そう思いつつ、最後の一枚を見てドキリとした。
グルメサイト【e-meshi】の【居酒屋王国】のデータのプリント。
そこには“シンデレラの義姉”が書いたコメントも印刷されていて、しかもその上から赤ペンで何重にもバツが付けられている。
“多国籍で面白いけど、統一感がなさすぎかも。店員の気配りが今ひとつ。会社の宴会として騒ぐにはいいけど、特別なときには向かないかな”
私の本音の書き込み。
誰に問いただされたって、だってその通りでしょうと言えると思っていた。
だけど、ひどく悪意に満ちた赤のバッテンに、今体がすくんでいる。
私はその紙の束を急いで机に戻した。
そして、必死に平静な顔をつくろうと努力する。だけど顔がこわばっているのが分かる。
ダメだって、こんなんじゃ、サダくんに不審に思われてしまう。
「でたでー。史ちゃんも入りぃ」
「あ、うん」
「どないしたん?」
「なんでもない。余韻に浸ってた」
「なんや、エロいこと言うなぁ」
ははは、と笑いながら、彼は部屋の中に戻ってくる。
そして机の上をちら、と見て眉をよせた。
「配置変わっとる。なんか見た?」
「え? あ、ジャケットかけるときに落ちて。戻しただけ。見てないよ」
「ほうか。ならええけど」
「大事なものなの?」
「ああ。仕事の資料やし」
仕事?
嘘だ。だってあなたは運送と倉庫貸出業の営業さんなんでしょう?
飲食店のデータなんて関係ないじゃない。
「ところで史ちゃん、俺、今日は午後からは仕事あんねんけど」
「あ、そうなんだ。……じゃあ、帰る」
「シャワー浴びんでええの?」
「うん。いいわ。帰ってからで」
「なら、そこまで一緒に出て朝定食食べよ」
髪と服を整えて、サダくんと一緒に部屋を出る。
笑っているつもりだったけれど、上手な笑顔になっているかは分からなかった。
話した内容も、殆どが思い出せない。
「ほな、また電話するな」
駅で別れるときに、寂しさよりもホッとする気分になったことに自分で驚いた。
スマホで、【E-MESHI】のサイトを見る。
特にどうということもない。私の書き込みもそのまま残っている。
それより最新のコメントで、反論するような書き込みがあった。
“色々食べれるのがこの店のイイトコ! 集まった人それぞれ好みに合うから、記念日だって大満足。私はおすすめ!”
この書き込みを書いた人は“グルメっ子”というハンドルネーム。
女の子の文章に見えるけど、ネットなんてごまかそうと思えばいくらでもごまかせる。
「……どういうことなの」
彼への不信が募っているのが、自分でも分かった。