白黒の狂想曲~モノトーン・ラプソディー~
初めての温もりは藤花院へと向かうタクシーの中で、院長先生が震えていた私の手を握ってくれた。
握り返したかは覚えていない。
話しかけてくれた温かな言葉も、車窓をしきりに打ち付ける冷たい雨音で掻き消されていた。
「ねぇ、クロ。手を握ってよ」
あの温かさは何なのだろう。
体温だけじゃない。
きっとそうじゃない。
だって、手のひらだけじゃなくて、ほんのちょびっとだけど頬の辺りも温かくて。
何よりも胸の奥が熱を帯びた。
「ごめんよ。それはできない」
返答は少し予想していたのだけれど、私の手は更に温度を下げていく。
「なによ、冗談に決まってるじゃん。ホンとに握られでもしたらキショいし、どうしようかと思ったよ」
私は真っ白だなんてよく言う。
私の言葉はいつも黒い。
クロには白い言葉を求めるような事を言っても私は嘘つきな人間だ。
真っ白な頭の中で正反対な色を口にするのだとしたら、私の命はなんて醜い。
これは神様が与えた罰なのかな。
「セミの声が響き始めたね」
ふとクロにそう言われて、私は薄手のカーテンの向こうに耳を傾ける。
懸命に命を叫ぶ。
短い地上での命を喜んでいるのか、嘆いているのか、私なんかには知るよしもないのだけれど。
もし私がセミだとして、これだけの声を叫ぶことができるのだろうか。
「最後の季節が夏なのは良かったな……」
本当は雪景色を最後にもう一度見たかった。
「どうして夏が良かったの?」
「凍えながら死んじゃうのなんて嫌、夏ならきっと」
「皆も悲しむことはないって?」
クロの言葉に私は口をつぐんだ。
クロはずっと私を見つめ続ける。
どんなときでも。
そう、こんな時にだってずっと。
「僕は雪景色、好きだよ」