白黒の狂想曲~モノトーン・ラプソディー~
「明日は院長先生が来るのだったね」
明日は7月16日。
私はかけられたカレンダーを見て確認した。
カレンダーのその日には小さく丸がついている。
それが院の先生がお見舞いに来てくれる予定の印だ。
入院生活が長いから藤花院での思いでもあまりない。
私が友達という存在にピンとこないのと同様に、院のみんなにも私が友達だという意識はないと思う。
院の先生では院長先生や他の先生をパパやママ、お兄ちゃん、お姉ちゃんとは呼んではいけない決まりになっていた。
家族のような空間をという院長の言葉はとても正直だと最近になって思った。
「家族のような空間」には「ような」という越えてはいけない線がある。
それはふと気を抜いたら授業中に欠伸がでてしまうような、そんな簡単な危うさで越えてしまう線だった。
私は真っ白な世界に温かな家庭のような空間の手前、不安定に引かれたその線を越えてしまうことが怖くて、その線より遥か先に自分だけの居場所を作ることにした。
「嬉しくないの?」
クロの言葉に無意識に私は目をそらしてしまった。
それを気づかれないよう真っ黒な私が顔を出す。
「なんでそんなこと聞くかなぁ。嬉しいに決まってるじゃん!
いつもクロしか来ないここに先生が来てくれるんだよ?あー、早く明日にならないかなぁ」
口角だけが不自然に上がって私は笑った。
早く明日が?
そんなの嫌に決まっている。
私にとって明日が来ることは、確かに死へと歩んだ証しに他ならない。
きっとどれだけの素敵な出来事が待っていようとも、私が明日を待ち望む理由にはならないんだよ。
私は真っ白なままで灰になる運命にまだ身を委ねることができないでいる。
「そう、それは良かったね。
じゃあ明日は僕が来ることはない……かな?」
「--え?」
そう言い残してクロは消えていた。
影に溶け込む様に、有が無になるように、私の強がりを助長するかの様に名残惜しさの欠片ほども残さずに、
クロは消えていた。