白黒の狂想曲~モノトーン・ラプソディー~
とても懐かしい深い眠りだった。
痛みもなく眠れたから、もう死んでしまうのかとも思ったけれども、そうじゃない。
暗い海に少しずつ少しずつ沈んでいくような。
静寂なのに安心する。
そんな眠りだった。
「…かさん。…うかさん」
いつもの声。
明奈さんはいつも起こすときは私を名字で呼ぼうとする。
私は返事をしない。
「はいはい」
ちょっぴり呆れた様な、でも笑っていることが分かるこの口調が好きだ。
「真白ちゃん。朝ですよ」
そして私は目を醒ます。
施設名ではなく私という存在に呼び掛けられて、私の朝は始まるんだ。
「明奈さんおはよー」
「はい、おはよう。なんだかよく眠れたみたいだね、今日は珍しくクマも出来てないよ。可愛いなぁコイツぅ」
明奈さんはそう言って私の頭を撫でてくれた。
手のひらの感触が直に伝わる。
抗がん剤の影響で抜け落ちていった髪の毛が間にないからだ。
「今日はお客さんも来る予定だし、体調もいいみたいだから今から身体拭いちゃおうか」
にっと笑う明奈さん。
私はゆっくりと状態を起こして、パジャマのボタンを外していく。
下を向いてもやせこけた頬が視界に入ることはない。
少しずつ布が離れていき、肌が露になっていく。
もう13才にもなるのに小学生みたいにぺったんこなおっぱい。
ガリガリの肋骨、ズボンをわずかに押し上げる骨盤は皮膚にぴったりとかっついていてみすぼらしい。
「冷たかったら言ってね」
「うん」
明奈さんが背中から丁寧に身体を拭いてくれる。
「私も明奈さんみたいになりたかったなぁ」
私がそう言うと明奈さんはちょっぴり恥ずかしそうにしている。
「そうかなぁ、私は真白ちゃんみたいなクリクリの目になりたかったけどな」
明奈さんは横から身体を傾けて私の瞳を見つめる。
「絶対ウソだよ。だって私は明奈さんみたいにキラキラした目なんてしてないよきっと」
「はい、次は腕ね」と言って、ゆっくりと私の左腕を持ち上げた。
「きっとでしょ?そんなことは私の目で真白ちゃんの瞳を見てから言いなさい」
なにそれ?
そんなのできるわけがないじゃんか。
「そんなのできるはずないじゃん」
明奈さんは優しく笑った。
「だね。だから真白ちゃんの瞳が輝いていないかなんて確かめようがないでしょ?
だったらさ、そんな自分の事を悪く言っちゃ自分が可愛そうだよ」
右腕に冷たいタオルの感触。
私の体温と明奈さんの手の温もりで少しだけ温かさがあった。
「はい、じゃあお腹の方も拭くね」
私は身体を見られるのが嫌だった。
コンプレックスしかないから。
明奈さんみたいに豊かな胸も、女性らしいしなやかな曲線もなにも。
私を私たらしめるのはこのみすぼらしい身体だけ。
こればっかりは私の目で確かに確認しているのだから、みすぼらしいものなんだと思う。
でも、そんなこと言ってもまた明奈さんには簡単に論破されてしまうんだろうな。
「もうセミと一緒だよ」
泣き叫ばない私。
命を叫ぶセミ。
残された命はほとんど同じだっていうのに。
どうして私の命は駄々をこねるように泣き叫んではくれないのか。
どうして私の命はそれでもなお死へと向かうことに恐怖を感じるのか。