白黒の狂想曲~モノトーン・ラプソディー~
私は本当は菅原先生に告げられる前に知っていた。
夜にトイレに行こうとして院長先生と菅原先生が話しているのを聞いてしまったからだった。
その言葉を信じていないわけでもないのに何故だか怖くはなかった。
それよりも、どこか安心してしまった自分を哀れむ気持ちが大きかったのだと今になって思うんだ。
「ねぇ、クロは外に出たりするの?」
私ほベッドの頭の部分を少しだけ上に上げるよう傾けて、クロにそう訪ねた。
「出ることはあるよ。命のわずかな人は何も君だけではないからね」
「そっか。今って七月でしょ?
やっぱり緑が綺麗なのかな?虫は?いっぱいいる?」
窓の外の景色は寝そべってみた空か、身体を起こした時の駐車場かの2つだけ。
私は外の世界が見てみたい。
叶うなら自分の足で歩いて。
わがままを言っても良いのなら誰でもいい、私には思い浮かびもしない大切な人が側にいてくれたら良いと思う。
「僕には感じないけど、「暑い、暑い」ってみんな言ってる。虫はそりゃたくさんいるよ。人間が気にしない間も懸命に生きているのだから」
病室は弱い冷房でいつも同じような室温が保たれている。
日差しの暑さは少し分かる気もするけど、私の病室では薄い方のカーテンが開けられることはない。
「ふーん…」
クロはじっと見つめている私に気がついた。
「どうしたの?」
私ほ見つめたままで言う。
「べっつにぃ。クロは意地悪だなーって思っただけ」
最後にあっかんべをして私は顔を背けた。
「意地悪?僕は真実を告げているだけなのだけれど…どうしてそう思うんだい?」
時折見せる、目をいつもより少し大きく開いた時の、深い黒の瞳にわずかな光の丸が写る瞬間が私は好き。
って言っても、その表情が見れるのは私がクロに意地悪を言ったりした時だけなのだけれど。
私って性格悪いなぁ。笑
「世の中にはね!白い嘘っていうのがあるの」
「白い嘘?虚偽に色がついているのかい?」
「そんなわけないじゃん。言葉に色をつけるってどんな作業よ」
クロはますます混乱している。
瞳の中の光がかすかに揺れていた。
「嘘なんて…そりゃあさ。つかないほうが良いに決まってるんだけど。でも、その人を思うからこそついちゃう嘘だってあるじゃん?」
「ふむ…僕には理解しかねる」
だーもー。
「そういう優しい気持ちで出ちゃう嘘は、白い嘘なんだって。いつかテレビの中の外国の人が言ってた」
クロは「ふむ」と言って首をかしげるのだった。
これは期待できそうにないですな。
「…熟慮してみたのだけれど、やはり嘘は付いてはいけないのではないかな」
「あーもー!クロのバカ!!分らず屋!
もう喋らないで」
そう吐き捨てて私は布団を頭までかぶった。
ひどい言い様だよね。
クロはお見舞いに誰も来ない私の側にずっと居てくれるのに。
今だって、確認しなくても分かるんだ。
こんなにひどいことを言われても、私が馬鹿みたいにすねてみても、クロはあの場所から少しも離れずに私の側に居てくれている。
私はそんなクロの存在にすがっているだけなのだろう。