純情女子と不良DK
嬉しい気持ち
ピロリン♪
家に帰って部屋に入ったと同時、メールの着信音が鳴った。もしかしたら優聖かもしれないと思った葉月はすぐさまスマホを鞄から出して画面を開く。
案の定、優聖からメールが来ていた。
《今日はありがとうございました》
その一文だったが、お礼の文が書かれていた。
自然と頬が緩み、葉月は返信した。
〈いえいえ!さっきはごめんね。気にしなくていいからね〉
そう返信してから数十分。優聖からメールは来なかった。まぁ返すような内容のものでもないし、と気にすることなくそのまま部屋着に着替えようとしたところで今度は電話の着信音が鳴ったのでびっくりして肩を揺らす。
電話は優聖からで、慌てて出た。
「も、もしもし!」
『どーも』
「うん。どうも!」
『メールめんどいから電話にしました』
「あ、うん、えと…そっか」
けれど会話の区切りはあれで終わったと思ったけど…と小首を傾げる。
ああ、もしかしてあのあとまだ何か話があったのかな。
そう思い一人納得した。確かに、優聖はメールを小まめにするというイメージがあんまりわかない。
そこからどう会話をしていいか分からず、葉月は無言になってしまった。
『さっきの人、彼氏じゃないんすよね』
「えっ、洋平のこと?違うよ!ほんとに!ただ高校が同じで仲良くて、洋平とは女友達みたいな感じかな」
『ふーん、〝洋平〟ねぇ』
「?」
どこか含みのある言い方に、葉月はまた小首を傾げる。
不機嫌、というわけでもなさそうだし…。よく分からなくて何も言えなくなった。スマホを耳に当てたままオロオロしてしまう。
『日高さん』
「はい…」
『明日、塚本達の勉強見終わった後こっち来て』
「………へ?』
思わず間の抜けた声が出てしまった。
こっちに来て、とは…どこだろうか。考えてしまった。いつも行くドッグランド?いや、それだったら〝こっち〟とは言わないはず。
ドッグランド以外に浮かぶものは、もう後1つしか出てこなかった。
葉月は恐る恐る言葉を口にしてみた。
「えっと…お、お家?」
『うん』
「あ、やっぱりまだ不安なとこあるよね」
『いや、勉強はもういいです。飽きた』
「えっ」
勉強ではない、ということに葉月はピタリと動きを止める。
勉強以外で家に行くとは、一体……。優聖とは理由も無しに家に行く間柄でもないし。
「勉強じゃないなら、何故お家に…」
『勉強じゃないと来てくんないんすか』
電話越しだけど、ムッとした表情をした優聖の顔が見えるような気がして、笑うところじゃないのに思わず小さく笑い声が出てしまい咄嗟に口を片手でおさえたが、もう遅い。
優聖が『は?』と聞き返してきた。
『え、なに。笑ってんですか?』
「ごめん。なんか今の成瀬君の顔が浮かぶなぁって」
『よく分かりません』
「うん、分かんなくていいよ。それで、お家に行くのはなんで?」
『いいから来いや』
(えええ……)
なんて横暴な…。最終的な命令形になっているし。ここで嫌です行きませんという度胸なんて自分には無いことはよく分かっている。
こんな風に家に呼ばれると行きづらいというのもある。
悪意があってそんな風に言っていないのは理解しているが、やはり迫力があるというものだ。
「それは強制でしょうか」
『強制です。拒否権も無しです』
この少年は、電話の相手が歳上であるという事を忘れてやしないか。そう聞きたくなったがあえて聞かなかった。彼はそういう人物だ。
『つーわけで、明日』
「えっ、あ、ちょ、」
言い切る前に電話はブツッと切られてしまった。
そのあまりにも強引な優聖に葉月はお手上げ状態である。自分は一応、彼よりも4つも歳上なんだけどなぁ、と自分の歳上の威厳の無さに肩を落とすばかりだった。
態度が気にくわないとは思ったことすらないが、やはり大人として少し落ち込むのだった。
「そんなに大人っぽくないのかなぁ」
ポツリと呟いた言葉は、ただ静かに部屋に響くだけだった。