All I have to give
「ほら、ついてこい」
私のキャリーバッグを怠そうに引きながら、彼は高層マンションのエントランスへと吸い込まれるようにして入っていく。
ずっと頭を下げている秘書にペコリとお辞儀をして、小走りで追いかけた。
カードキーでロックを解錠し、自動ドアを抜ける。ホテルのようなホールに、いちいち驚きながらエレベーターへと促され。
最上60階へと一気に上り始めた。
「わあ…」
ガラス張りから見える景色に、思わず両手をガラスへ押し当てて近付く。
東京の夜景…
あれもこれもテレビで見たことのあるものだ。
こんな夜景が見えるタワーマンションなんて、きっと一生住めない…。
そして最上階に着き、無言のまま進んでいく。
一つの部屋の前で立ち止まり、ロックを解錠する手前、突然彼が沈黙を破った。
「…帰る場所がないとか、居場所がないとか…理由は聞かねぇけどさ」
「………?」
「ここを、お前の帰る場所にすればいい」
背を向けたまま、どんな顔で言っているのかは分からない。
けれど、息もできないくらいこみあげてくる感情が涙となって落ちていく。
初対面の私に、すんなりとその言葉は心に入り込んで優しく包んでくれた。
傷だらけの心には、あまりにも優しすぎて…
「…う…グスン…」
「あー!だから泣くんじゃねえよ、ガキ」
そんな優しいものに、私は一度も出逢ったことがなかったんだ…
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