銀座のホステスには、秘密がある
呆然としているアタシの耳に届くのは時計の針の音だけ。

さっきまで3人で笑ってたのに。
ほんのついさっきまで、幸せな気分でタルトを食べてたのに……

今では殿と二人、気まずい空気。
ワクワクしながら揃えたこたつや座椅子が、空しい。

「なんて顔してんだよ」
「……殿」
「でも、サラのそういう顔もいいけどな。作り笑顔ばっかりされると寂しくなる」
「ごめんなさい」
「謝ってほしい訳じゃないんだけど。元気出せよ。おまえが振られたみたいな顔だぞ」
殿の大きな手がスッと伸びてきて、アタシの頭に乗せられた。

「アタシ、彩乃の気持ちを……」
「あぁ」
「てっきり殿のことが好きなんだと思って……早とちりもいいところですよね」
「……」
「一人で突っ走って、こんな作戦まで計画して……恥ずかしい」

彩乃は何て思ってたんだろう。
アタシが言いだした計画を。
彩乃は、アタシが頼んだから断れずに、好きでもない殿との作戦に協力してたんだ。

「はぁ。アタシって、ダメな先輩」
つくづく自分がイヤになる。

「そんなことないさ」
「ううん。ご迷惑かけて、すみませんでした」
「俺は嬉しかったけどな」
「嬉しい?」
「客と店の女の子って関係から、少し外れただろ?」

隣りを見ると、殿の柔らかい瞳の中にアタシが揺れていた。

トクンと胸がしめつけられる。
広い胸に、大きな手に、何より自信に溢れたその笑顔に、頼ってしまいたくなる。

勘違いしてしまいそう。
その笑顔はアタシだけに向けられるものだと思いたくなる。

でも、仕事ができる男には女が寄ってくる。
夜の女だけじゃない。
昼の女も。
しかも芸能界の関係者、綺麗な人ばかりに違いない。

殿はそんな女たちに囲まれているはず。

「いいですよ。そんな慰めは」
崩れた態勢を戻して座り直そうとした時、
「行くなよ」
殿がアタシの腕を引いて、殿の胸に吸い込まれるように倒れ込んだ。
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