銀座のホステスには、秘密がある
「遅かったな」

お席に戻り殿の隣りに座ると、殿がアタシの顔を覗きこむ。

「うん。ちょっと世間話に花が咲いて」

それだけ言うと、殿が優しく肯いた。
だろうな。って言ってるような気がする。

この距離感が、心地好い。

何も言わなくても、分かってくれる。
何も言われなくても、分かってしまう。

二人でいることがすごく自然なことのように思える。


「じゃ、そろそろ……」

殿が接待を切り上げるから、アタシたちも外に出て、殿のお客様を見送った。

「じゃ。私もここで失礼しますね」

彩乃も気を利かせて先に帰って行く。

「行くぞ」
当たり前のようにアタシの先を歩く殿。

「殿。今日はどっちに?」
「は?なんでそんなこと聞く?」
「ううん。家に帰らなくていいのかなって思ったから」
「何を今更」

殿が真っ直ぐアタシんち方向のタクシー乗り場へと歩いて行く。

見慣れてきたその背中に触れたいって衝動がアタシの手をウズウズさせてる。

聞いてみようか。
今なら聞けるかもしれない。

アタシって殿の彼女?

「……」

何を馬鹿な事考えてんだろう。
そんなこと聞いてどうしたいって言うの。
そうだ。って言われても、身体の関係は求められたくない。
違う。って言われたら、へこむ。
…うん、それは本気でへこみそう。
じゃ、アタシは殿の何なの?なんて理不尽なケンカを吹っかけてしまうかも。

「……」

結局、アタシと殿との関係に名前を付けようなんていうのが、無駄な事なのかもしれない。

「どうした?何か悩んでんのか?」
先を歩いてた殿が振り返ってアタシのことを待っている。

「ううん。飲み過ぎたみたい」
「嘘つくなよ。俺より強いクセに」

小走りで殿に近づくと、自然と右手を握られた。
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