銀座のホステスには、秘密がある
「龍太郎ママ。ありがとうございました」

呉服屋さんを出て、近くの喫茶店に入った。
龍太郎ママは席に座ると、お水を一気に飲み干している。

「サラ。一括でお支払いして大丈夫なの?」
「うん。これくらいは覚悟してたから」
「ふーん。気合入ってるわね」
「着物で出勤するの初めてなの。だから嬉しくて」

早く1月4日が来ないかとワクワクする。

「誰と同伴?」
龍太郎ママがコーヒーカップを持ったまま、視線だけで威圧してくる。
「えと……」
本当は言いたくないんだけど、
「上杉ちゃん?」
答えない訳にはいかなさそうだ。

「……はい」
「上杉ちゃんがよくOKしてくれたわね」
「その日だけ大丈夫だって」
「へー。あの有名プロデューサーがねぇ。サラだなんてねぇ」
なんだか、その言い方に悪意を感じる。
「いけませんか?」
「何言ってんのよ」
龍太郎ママはそっとコーヒーを飲むと、ゆっくりとソーサーに戻した。

「あまりのめり込み過ぎないことね」

龍太郎ママがいつもよりも低い声で言うから、お店に流れてるクラシックの音色に紛れて聞き逃しそうだった。けど……

「上杉様はそんな人じゃないです」
「上杉ちゃんの方じゃないわよ。サラ。あんたに問題があるんでしょう?」
「え?アタシに?」
てっきり裏切られるわよ。みたいなことを言われるんだと思った。

「バカね。あたしたちは夜に生きてるのよ。一人の人しか愛せないんだったら、他のお客様がおろそかになるでしょ」
「アタシはそんなことしません」
「最初は誰でもそう言うのよ」

本当にそんなことはしない。
殿がお店に来てても、ちゃんと他の方の接客も頑張っている。
だってそれがアタシの仕事だから。
それがアタシの存在意義だと思っているから。

そりゃ、確かに殿がいるお席での接客は気合が入る。
頑張り過ぎちゃう殿に変わって、アタシが盛り上げなくっちゃって使命感まで感じてる。

だからって他のお客様をおろそかにするようなことはしてない。
自分磨きだって、毎朝ちゃんとやってる。


だけど、
この時の龍太郎ママの言葉は、ずっとどこかに引っかかってて、
アタシの中から消えることはなかった。
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