銀座のホステスには、秘密がある
じゃ、今日はその髪の色に合わせて、クルクルさせちゃおうか」
「うん。お任せする」

打ち合わせが終わると、出勤の準備。
いつもの美容室の椅子へと移動する。
まだ早い時間だから女の子も少なかった。
こんな時間にここにいるの、新人の頃以来だ。

毎回ドキドキしながらこの椅子に座ってた頃が懐かしい。
アタシにも特定の人ができるなんて、あの頃想像すらできなかった。
女になりたての頃は、毎日がいっぱいいっぱいだった。

「どうしたの?」
鏡越しにケンジさんと目が合う。
「ううん」
「カレシのことでも考えてたんでしょ。サラはすぐ顔に出るね」
「違うよ。新人の頃のことを考えてたの。あの頃はケンジさんは遠い人だった」
「はは。サラは新人の頃から光ってたよ。俺、覚えてる」

そんな言葉だけでも嬉しい。
頑張ってきて良かったなって、素直に思えた。


けど……

「えー?今から?」
「そうなんですが……あちらの……」

背後でケンジさんと、ケンジさんを呼びに来た受付の女の子が揉めている。

そっと鏡越しに窺うと、ケンジさんと目が合った。

「サラ。ごめんね。急用ができちゃってさ。俺、ちょっと外出しなくちゃいけなくなって。他のに変わっていい?」
「そうなんだ。残念だけど、大変そうだから仕方ないね」
「本当にごめん。正月用の時にこの借り返すよ」
「うん。ありがとう」

ケンジさんは受け付けの女の子と話しながら、足早にフロアから出て行った。

今日はついてない。



始まりは、ほんの些細なズレだった。
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