銀座のホステスには、秘密がある
決断
振り返りたくない。

背中に冷たいものが落ちる。

地下の喫茶店で思いっきり素のアタシを晒してしまったばかりのこの状態を、誰かに呼び止められるとは思わなかった。

しかも、相手は……

「結菜、びっくりしちゃった。こんな汚い喫茶店って今でもあるんですねー」

甘ったるい声で話すこの女。
たぶん後ろにいるのはアタシの前と殿の前では態度が全く違うあの女。

振り返りたくない。

「ははっ。まさかこんなところで、すごいスクープ聞けるなんて。結菜ってやっぱり何か持ってるって思いません?」

え?
すごいスクープ?
何を聞かれたっていうの。
地上に上がってからはそんな話はしてないはず。

思わず振り返った先にいたのは……

「……だれ?」

のっぺりした顔、小さな目。さっぱりした唇の、見たこともない女。

「失礼じゃないですか。いい加減名前くらい覚えてくださいよ」

声は確かにあのムカムカする甘え声。
でもあの女はぼってりした唇で、アイドル顔って言われるくらい大きな目で……

「グリッターの?」

半信半疑で聞いてみた。

「まさか結菜の名前知らないとか言わないですよね?」

スッキリした目が、アタシを睨んでる。

「ごめんなさい。あまりにも顔が違うから、別人かと思っちゃった」

この娘、メイクが凄く上手なのね。そこは感心しちゃう。

「確かに今はフルメイクじゃないけど、失礼じゃないですか?そんなこと言っていいの?結菜が喋ったらあなた終わりよ」
「終わり?」
「さっきまで近くに座ってたんですよ。気が付かなかったんですか?こんなところで密会なんて、甘いですね」

密会?
座った?

スッと血が引く音が聞こえた。

心臓が早鐘を打ってる。

近くに座った?

誰の近くに座ったの?
どこにいたって言うの?

「そんな顔しないでくださいよ。結菜の言うこと聞いてくれたら、内緒にしておきますよ」

悪魔のような顔で女が笑った。
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