銀座のホステスには、秘密がある
樹里が何て言って殿を帰したのか、とっても気になるけど。
この状況ではとてもそんなこと聞けない。

恐る恐るフロアに出ると、本当に殿はいなかった。


「サラさん。まずは6番テーブルへお願いします」
イヤとは言わせない。って目と声でゴンちゃんがアタシに言う。

「ふぅ」
目を閉じ一つ深呼吸をして、
「はい」
笑顔でサラを演じることに集中した。


たぶん、仕事が終わってからすっごい怒られるんだろうなって思いながら接客してたのに、終わってからママに呼び出された時、
「もう連絡も無しに来ないってのはやめてちょうだい」

それだけ言われて、帰された。

もっと怒られるはずなのに、何にも言われないのが逆に怖い。
もしかしたら樹里がママになんか言ってくれたのかもしれない。
そうじゃなくても今日は樹里にたくさん助けられた。
お礼も言いたいし、もっと話も聞いてほしかったから樹里と一緒に帰りたかったけど、アタシの代わりにアフターに誘われたとかで、アタシは一人帰されることになった。

今宵の夢も終わり、静かになりかけた銀座の街をトボトボ帰る。
早くヒールを脱ぎたい。そんなことを思いながら、下ばっかり見てた。


そのアタシの視界に見覚えのある茶色の革靴が入ってきた。

ドキリと心臓が跳ね、足が止まる。

そうであってほしい気と、そうであってほしくない気が胸の中でぐちゃぐちゃになる。

目を上に上げてくと、見覚えのあるこげ茶色のダウンコート。

間違いない。


殿だ。

ドクンと心臓が跳ねる。
顔を見る前に逃げようかと思った。
でも、逃げても何も解決しないって、また同じことが繰り返されるって思ったから、ゆっくりと口元に微笑を作って、
「こんばんは」

震える声で挨拶をした。

「……」
「……」

でも殿は何も言わない。
アタシもその後何も言えない。
アタシの帰宅ルートで待ち伏せしてくれたんだろうけど、殿は動くこともなかった。
そんなアタシたちの横を数人の人が通り過ぎて行く。


「さっきのメールなんだ」

やっと聞こえてきたのは、聞き逃しそうなくらい小さな殿の声。
それだけで、もうアタシの胸は叫び声を上げそう。

あれは本心じゃない。

もう声が出かかっていた。


「ごめんなさい。メールじゃ伝わらなかったかしら?もう上杉様だけって訳にはいかなくなって。上杉様よりたくさんお店に落としてくださる方がいて。その方に同伴誘われて……上杉様がイヤになったとかそういうんじゃなくて、ただもっと……」

殿。

アタシの手が震えてる。
バレないように必死で両手を握りしめて、爪を食いこませる痛みで自分を保った。

本当は、こんなこと言いたいんじゃない。
今だって殿の胸に飛び込んでいきたい。
あの大きな安心する手に触れたいのに……

「だから、上杉様に来られたら困る。って言うか……」

嘘だよ。

心の中の叫び声は自分の心も壊していきそう。
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